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部下の日記

遊んでいるのがバレると上司(@fijigoco2255)に課題を出されるそんな部下(@bukataya3)の雑記置き場です

部下「上司様、CEATECに行きたいです」

上司「何故行きたいのかを明確にして、CEATECの歴史と今年のCEATECについて調べてまとめたらいいよ」

 

部下「!!!」

 

上司「帰ってきたらもちろん記事にまとめてね」

 

部下「(´・ω・`)

 

今年のCEATECに行きたい理由

”今年の”CEATECに行きたいんです、なぜなら今年は最先端技術やIoT技術にフォーカスを当てた見本市になってるらしいからです。

以前IoTにちなんだキャラクターを描く機会があって、IoTという実態としては曖昧なものをイラスト化することに非常に苦戦しまして、最先端の技術だけでなく、IoTそのものについてもっと実態を掴みつつ理解したいと思ったからです。

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(この一番左側の…もうとりあえずウェアラブルバイスでいいんじゃないの的な…浅はか也)

上司を見てて思うのは、情報感度の高さ。

私には圧倒的に欠落している部分で、惰性で生きているあまり情報感度が鈍いんです。
やはりテクノロジーなどに接する業界で生きているので、もっと情報感度を磨いていきたいのでそのきっかけにしたいなとも思ってます。

 

なぜ今年のCEATECが家電見本市ではなくなったのか

”家電見本市”ではなくなる、と言うのは正式に発表されているものです。

internet.watch.impress.co.jp

こうなってくると調べてまとめる必要があるのか…という感じですよね。

>>読めばわかる<<

とか言うと上司に怒られてしまうので、噛み砕いて理解してみます。

これだけわかりやすくまとめられているのに噛み砕いちゃったら、原型なくなって訳が分からなくなっちゃいそうなんですけど…

 

CEATECは元々、「テクノロジーで社会や人を豊かにする」ということを見せるためのイベントであり、今までの時代の流れだと「テクノロジー+社会や人を豊かにする」ことが「家電の充実」だったのではないでしょうか。

家電の機能であったり家電自体の価格が購入しやすくなり、生活に家電が充実すること自体が人々の生活の充実に直結していたことを考えれば、“最先端IT・エレクトロニクス総合展示会”のCEATECが”家電見本市”になるのにも当然の流れが合ったのではと納得できます。

 

その流れを理解した上で、なぜ今年のCEATECCPS/IoT Exhibition”になったのか。

それは時代の変化によって人々の生活を豊かにすることが、必ずしも家電依存ではなくなったからということなのではないでしょうか。

「最新のテクノロジを取り入れた製品」が社会や人を豊かにするのではなく、「最新のテクノロジでどう人々が豊かになっていくのか」

 

昨日、会社の勉強会で株式会社アサイエンジニアリングの浅井社長が勉強会をしてくださいました。

その記事はまた別でまとめるので詳しくは書きませんが、そこで浅井社長が

「ロボットを作る技術というのは確立してしまっている、あとはその確立した技術の中で何をさせるかしかない。しかしそこにIoTやAIの技術が加わることで中身の部分で更なる可能性を追求することができる」とおっしゃっていました。

 

家電にも同じことが言えるのかなと思っていて、家電を作る技術というのは確立してしまっている中で、これからは技術を使ってどう豊かにしていくか、から製品を開発するような形こそが世の中に求められているのだと思います。

なのでCEATECに行ったら私は、物そのものを見るだけでなく、その製品であったり技術というものが持つ可能性であったり、これからそれらがどう生活に浸透していく可能性があるのかなどにも注目しつつ見に行きたいです。

結論をまとめるのが非常に苦手です。

 

と、いうことで

「上司様、CEATECに行きたいです」

 

おわり

DeepLearningってよくわからんけど、なんぞや?って話

弊社のエンジニアさんで夏谷実さんという方がいるんですけど、その人主体になって大阪や東京で勉強会とか開催したりしていまして、題材は「Deep Learning」だそうです。
はて、DeepLearningとはなんぞや?と思いつつも私の仕事はそのイベントの告知をTwitterのTLに流すこと。

「最新技術!DeepLearningが熱い!」なーんて書きつつ、全然わかってませんでした。
わからないくせに「必見!」とか言いながらツイートしつつ、上司を殴るゲームを作っていたら上司に目をつけられ… (それこそ当然ではあるのだけれど)

今思えばこれが一番最初の課題でした。
ということで、Deep Learningを全く知らない部下が「サルでもわかる!」とか書いてあるサイトを渡り歩きながら、「全然わからん…今時のサルはニューロンネットワークとかいきなり出てきても理解できるのか…」などと頭を悩ませながらまとめたまとめのまとめです。

自分の理解度で噛み砕いてまとめたので合っているのかもわかりませんが、各位から特に何も言われないので間違ってはないか、もしくは放置されているかなんだと思います。

 

DeepLearningってなんぞやって話。

DeepLearningとは人工知能画像認識に長けた技術?で、今まで人工知能ができなかった「自分で学習する」ということができるようになった画期的なものだそうです。
人間は無意識に外からの情報を解析し、判断し、行動しているそうです。

この人間が無意識にやっている行動を真似できるのがDeepLearningで、人間の脳を模倣し、人間の脳内のネットワークを再現したものになっていて、人間と同じ思考ができるようになっています。

人間と同じ思考ができるようになったことで、沢山の人が居る中から特定の人を探しだす「認識」や、言葉やキーワードから連想して画像を作り出す「想像」などの分野で飛躍したそうです。

 

例えば、特定の人を探しだす「認識」について見てみると、従来の認識方法では人間の正面に相当する画像が必要でした。

その場合コンサートチケットの顔認証のような技術には使えますが、人が様々な方向から行き来する監視カメラのようなものでは認識がうまくできなかったそうです。
しかし、DeepLearningでは「特徴学習」をすることで出来るようになりました。

DeepLearningではデータ(画像)のどこを見れば同じかどうか判別でき、自動的に学習してくれるそうです。実はこれが今回DeepLearningでできるようになった画期的な部分なのですが、機械ならではと言いますか、機械という精密な作業ができるものが自己学習として特徴学習を身につけると、人間が気づかなかったりする特徴にも気付くことができるそうです。

特徴を見つけ出すというのは機械にとっては非常に難しく、今までずっとできなかった技術で、それが非常に高い精度で実現したのが今回の成果であるといいます。

でも今までも機械による画像認識というのはあったわけで、では今まではどうしていたのかというと、今までは特徴を人間が考えて、定義してプログラムで予め打ち込んで置くことで機械にその教えた範囲内の選択肢で判断してもらっていました。
ただ、人間が常々特徴を教えていたらもちろん限界はあるので、特徴自体をコンピューター自身が考えられるようになることが求められていたわけなんですね。

 

じゃあどうやって画像を認識判断してるのって話。

ではDeep Learningがどうやって画像を認識するのか、についてです。
冒頭で触れたように、ソレを可能にしたのが「人間の脳の模倣」でした。
脳は1千億に及ぶニューロンという神経細胞によってできています。f:id:bukataya:20160927192455j:plain

ニューロンはそれぞれに情報を持っていて、例えば「数字の1」を認識するときにはそれに関わる特定のニューロンが反応し、違うものの場合は違うニューロンが反応して特徴を掴んでいるんだそうです。

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その仕組みを取り入れ、画像を細かく分解し、「点」などの小さな特徴を捉えます。これが一つのニューロン君のアレになるわけですね。そして次の層ではその特徴を足しあわせて「線」など少し大きな特徴として捉えます。

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特徴を繋ぎ合わせながら「面」や「曲線」「丸」などの特徴として大きく捉えていき、最後に全体像をつかみます。

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同じ種類の画像を複数見ることで、共通して通るニューロンを見つける、これが「特徴の学習」と言う事なんだそうです!

人間と同じ思考方法を手に入れることで、自己学習を手に入れたのがDeep Learningというわけですね。
今までも画像認識や人相認識などは存在していた中で、Deep Learningの利点としては「画像を認識させるのに人手がいらない」ということなんだと思います。
機械やシステムが進化しても、その技術を使うのに専門的な知識を持った技術者が必要であったのが、勝手に自分で勉強してくれるのだとしたら人でもかからずに便利だな〜〜!!!!なんて思いました。

 

じゃあ実際何ができるの?例えば〜って話。

画像認識だけなら今まで存在していた技術でも何とかなるし、じゃあDeep Learningって何ができるのか例を上げてよ〜って思って調べてみました。

今までも人工知能で学習というものの研究はされていたのですが、今までの研究でぶつかっていた大きな壁として「複合的な認識」がありました。
これを可能にしたのがDeep Learningです。

人間は物事の認識に、視覚だけではなく聴覚や触覚も使っていて、人間の脳は音声や運動といったものも1つの脳の中で統一的に処理しており、これをDeep LearningでもできるようしたことでDeep Learningは統合的な学習をすることができるようになったわけです

 今までの手法では、画像認識と音声認識、運動認識などは全て別々にプログラムし、ソレを掛け合わせて認識させることもプログラムで教えていました。
しかし、Deep Learningでは画像認識と同時に音声や運動も学習させることができるそうです。

方法としては強化学習、何回も繰り返し同じ動作を繰り返すことで正しい動作を学習します。

具体例を絵にしてみました。

【画像認識+音声認識の例】

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【画像認識+運動認識の例】

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こういった強化学習の中で様々な知識を学習し、それを更に次の応用などに使うことができるのも特徴で、指定された条件の画像をネット上から探してくるのではなく、蓄積した情報や知識から画像を選別し、合成、作成して提示してくるという研究もなされています。

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ということで、以前調べたDeep Learningについてまとめてみました。
難しいけど、すごいな〜って思いましたし、実際まとめてみて知識を得ることで何も知らないままに情報を発信していたときよりも具体的に除法を発信することができる(できたとは言っていない)ので、知識を得るって大事だな〜と思いました。

Deep Learningについてもこれだけでは当然不十分ですし、ちゃんと調べればわかりやすく図を多様に用いたサイトがたくさんあると思います。

なのでこれを期に興味を持っていただければ嬉しいな〜!なんて!

おわり

「唯物論と唯心論を調べてまとめた上で、VRは唯◯論か述べよ」

忙しくてなかなか課題に取り掛かれずにいた中で、部下よりも先に同期の方が熱く持論を展開し始めたこの課題について考えてみようと思います。

今回の目標は何が言いたいのかわからなくならないこと。
がんばるぞい。

「唯心論」

唯神論?汎神論?
唯神論と言うものに関して正確に記述がなくて冒頭から詰んだな〜なんて思ってたら唯心論の変換ミスだったそうです。

精神こそが万物の根源であり、物質は人間の心によって認識されるが、
絶対確実とは証明できない曖昧なものと捉える。

物事の認識とは精神が先にするものである的な感じで捉えればいいのかなと、漠然と。

唯物論

精神と物質の発生について物質を先とするものが唯物論である。

ということらしく、唯物論はなんとなくわかりやすいな〜なるほどなるほど、と勝手に納得しました。物事の認識は、そのものがあって初めて認識をするという感じですかね。多分。

調べていた中でこの知恵袋のBAが腑に落ちる解説をしていたので参考にさせていただきました。

 

で、それを踏まえて今回のお題が「VRは唯◯論か述べよ」 ということで、ゴールは、仮想現実の映像をHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を通して人間に本物だと思い込ませるその技術が精神からなのか物からなのか考えてねってことでいいんですよね、それを見失わないようにしないとまた迷子になりそう。

今普及しはじめているVR自体は視覚と聴覚の拡張の部分が主で、ただ、一つ前の記事で結局ごちゃごちゃになってしまった五感のことを踏まえると、本来のVRは、その技術を使って五感を拡張することで、現実世界を拡張して体感したり、それこそありえない世界に没入することができるというところがVRの重要なポイントだと思います。

 

<唯心論である、という仮説を立てる>

拡張現実を現実だと錯覚するという点に関して精神的なところから錯覚すると仮定する。
という考えを持ってVRを考えると、逆に言えばこれは現実じゃないとさえ思っていれば没入することはないということなんですかね。
以前上司が、いくら視覚と聴覚だけ拡張現実の中にあっても、歩いていないのに歩いている映像を見せられたらいくら映像がすごくても没入感は生まれない、とおっしゃっていました。人間の視覚や聴覚以外の互換なども騙し、現実の体の動きと体験している拡張現実の矛盾を取り除かないと完全な没入感は得られないという話でした。
そのときに上司が例として出してくれたのが乗馬体験でした、参考までに。

つまり矛盾を取り除くことで体験する人は騙され、それを現実だと思い込む。
先程「これは現実ではないとさえ思っていれば没入することはない」と言いましたが、そう思わせないことこそがVRに求められる技術であって、VRを用いた作品の演出なのかなと言った感じでしょうか。

 

唯物論である、という仮説を立てる>

唯心論だとしたときに、仮想現実と現実との矛盾を取り除く必要があると考えました。
唯物論では「物体が先にありき」という考え方が前提だとして、現実という物体がそこにありきで今の現実を生きているということになるんですかね?
う〜ん、厨二病発症していたような学生生活を送りすぎたせいで痛い発言しちゃいそうで哲学的な題材は苦手です…

でも実は個人的には唯物論側の意見を持ってこの題材を考えていたので、

結局矛盾を取り除くために必要な機材であったり、HMDがないと拡張現実って見れないよね?
この先技術が発達してきて、現実世界に直接VRやARの映像が可視化されるような世の中が来たとして、それはもう人々が仮想か現実か見分けがつかなくなってしまった世界が来たとして、でもそれを可視化するためには何かしらの機材が必要だよね?

仮想現実を見るためには何かしらのデバイスであったりを通さないと体験できない、ということを考えると、私は

「VRは唯物論である」

と、結論を出したいです。

ふう、無理矢理感は漂うけど、結論まで持っていけたんじゃなかろうか…

でも難しいですね、絶対に唯物論であるという自信はないです、でもどちらなのかと問われたら唯物論だと言いたいなと思いました。

上司は「正解とか正論を書いてほしいわけではなくて、ただ楽しいことでも思考しないと分解ができないのでまずは調べたり思考したりしてほしい。じゃないと人と議論ができなくなるし、ただの論破争いになってしまうからね。」といっていました。

何かを述べるときにまずは思考する、正解ではなく自分の考えを述べるのってできているようでできていないし難しいな〜と思いました(大の字)

ここまで書き上げるのに一時間半、前回二時間半だからやっぱりゴール決めて書くのは大事かもしれない、とひとつ学びを得た部下でした。

 

おわり

「VRにおける次元と五感の関係性について述べよ」

先週金曜日に出された課題、ものすごく難しくて結局休日中にはまとめきれませんでした。

金曜日にお台場で体験できるVRZoneに上司と行ったのですがそこで上司と喧嘩になりました。
別にガンダムの手に乗っている私がパンチラしていたのをムービーに撮られていたからでもなく、黄色い服でVR用マスクをつけた私をミニオンズだと笑ったからでもなく、脱出病棟で上司が死んだからゲームオーバーになったからでもないです。

 

なにがどういう経緯でそういう流れになったのか忘れたんですけど、上司の大好きな初音ミクをただの2次元キャラクターで、2次元のキャラクターのライブが3次元で行われていることに違和感があると言ったからです。

それに対して上司は、

 

初音ミクを見るために武道館という空間に沢山の人が集まっている、その人達は初音ミクのライブを聞きに来るためにそこに集まっている、つまりそこには集合精神としての初音ミクという存在があり、初音ミクはただの2次元の存在ではない。みたいなこと言ってたような気がします。多分。
なんて言ってたかあんまり覚えてません!なんて言ったら上司に怒られそうなのでとりあえず必死に思い出しました。

 

【VRにおける次元とか五感とかとかとか】
VRにおける次元って、X軸Y軸にZ軸が加わった3次元での表現が可能になったって感じになるんですかね。でもそこで考えるのが、VRは2次元に入るためのものなのか2次元のものを3次元に次元を移動させるものなのか、どっちなんだろう。

VRZoneを体験して思ったこととしては360°見渡せるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)というものだけでは没入感というのは実現せず、そこにヘッドフォンでの聴覚情報や風や熱などの触覚が追加されたり、映像に合わせて動く装置に乗っていたりして視覚情報に加えて自身に直接的に外部刺激があって初めて「没入感の在るVRコンテンツ」というものが生まれたように感じます。

2次元に入るためのものがVRなのだとしたら、3次元からの外部刺激がないと没入感としては不足している部分があるのかななんて思いますけど調べたらこんなものが出てきました、外部刺激を再現するスーツだそうです、すごいですね。

www.kickstarter.com

人間は視覚だけで物事を認識しているのはなく、五感のすべてを使って物事を認識しているからこそ、視覚に制限を持たなくなったHMDを用いたVR映像に外部刺激を与えてやれば一気にその世界へ没入することが出来るといった感じなんだとおもいます。

 VRにおける次元と五感の関係性…ここまで手癖で色々書いてきましたが文章書き慣れていないので言いたいことがまとまらないんですよね、難しい。

VR映像に外部刺激を与えて初めてより世界に没入できるのだとしたら、こういった新しい技術に対して我々は何を基準に次元を判断すればよいのでしょうか。
五感のすべてを使って物事を認識しているからこそ、目に写っているものという資格情報だけで次元を判断するのはあまりにも考えが浅はかすぎるのではないかとも思いますし、全身で没入感を感じることが出来るってことは3次元ってことなのかな〜とも思いますしう〜ん難しいですね。

初音ミクのライブの話で考えるとして、1次元の音楽と2次元のモデルが織りなす空間が3次元上で生まれていて、その場に居る初音ミクという存在は他の人間のアーティストとなんら変わりなく、そこに存在しライブをこなし其れを見る観客がいるという形は全く同じであって、初音ミクは2次元の存在だからそれに対してお金を払ってライブを見に行くのは変だ、というのは成立していないという事はわかりました。上司様ごめんなさい。

でもちょっと今の私にはまだVRにおける次元と五感の関係性について難しすぎてまとめられそうにないです、難しいし初音ミクの結論に至るまでにもう既に1800文字も書いてしまった。

結論を出すまでにはきっと5000文字位になってしまいそう。
敗因は思考の垂れ流し。

ってことであとは偉大な上司様お願いします。

おわり